リーンスタートアップは「科学的」か

Posted on August 30, 2015

はじめに

リーンスタートアップというのは想定顧客のインタビューを軸に検証を高速かつ幾多に積み重ねることによって探索効率を最大化する開発方法論なのだが、この探索効率の最大化という考え方に対して前々から直感的に抱いていた疑問をある程度説明できるぐらいに知見が得られたので述べてみようと思う。

最初に断わっておくがリーンスタートアップが必ずしも悪いと主張するつもりはない。むしろ適切な場面で利用すれば十分な効果が期待できることに異論はない。しかしその「適切な場面」とはどのような場面かよく分からない。ここで述べる見解は「適切な場面」について少しヒントを与えられるかもしれない。

なお、リーンスタートアップをおそらく最初に批判した本として『Zero to One』を挙げておく。スタートアップにおいて計画は重要だという主張なのだが、気になる人は読んでみてほしい。

リーンスタートアップと最適化問題の探索アルゴリズム

私が読んだリーンスタートアップの本は『Running Lean』と『アントレプレナーの教科書』で肝心の『リーン・スタートアップ』は読んでいないし読むつもりもないのだが、ポイントは理解していると思う。

これらの本を読んだとき、たしかに説得力のある主張だと思った。というのもリーンスタートアップの方法論は一種の最適化問題の探索アルゴリズムになっているからだ。これがリーンスタートアップが「科学的」に見えたり妙に説得力がある原因なのだが、リーンスタートアップを探索アルゴリズムの観点で詳しく分析するとその問題点が見えてくる。

最適化問題の探索アルゴリズムは何らかの(価値)関数について最適解を探索するのだが、リーンスタートアップにおいては当然「顧客の価値」関数について最適解(あるいは局所解)を探索することになる。しかしこの「顧客の価値」というのがやっかいで、最適化に適した性質をまったく備えていないのだ。

「顧客の価値」関数の問題

第一に「顧客の価値」が均一でない問題がある。つまり顧客Aと顧客Bでは関数の形状が異なるのだ。リーンスタートアップでは顧客インタビューを数多く実施することでこの問題を緩和しているが恣意性が残る上、本質的な意思決定の問題を回避できていない。これについては後述する。

第二に「顧客の価値」が静的でない問題がある。つまり関数の形状が状況に応じて変化しうるのだ。そもそも顧客にとっての価値とは、長期的には時代や伝統に、短期的には慣れや習慣に強く依存するものであり、絶対的価値というのは存在しないのだ。リーンスタートアップにおいては慣れや習慣による影響が重大になる。例えば、その製品に顧客の慣れや習慣を変化せしめるような要素があった場合に、顧客がその価値を正しく評価できるか定かでない。

第三に意思決定者の不在の問題がある。リーンスタートアップの探索アルゴリズムが貪欲法である以上、意思決定者としての意思は最適化の対象となる関数に盛り込まれなくてはならない。しかしどうやらそうなっておらず、意思決定者の意思はリーンスタートアップにおいてうやむやにされている。

第四に「顧客の価値」の一貫性の問題がある。これは上述の問題の本質的な言い換えに過ぎないが、要するに最適化の対象となる関数が一貫していないと(あるいは矛盾していると)探索アルゴリズム(意思決定)がまともに機能しないのである。

以上から分かるようにリーンスタートアップでは「顧客の価値」にさまざまな複雑さを寄せて曖昧にすることで方法論がアルゴリズム的にあるいは科学的に正しいと錯覚させているのである。極端な言い方をすると、意思決定の問題を意思決定の問題ではなくするのである。

本質的な意思決定の問題に入る前に寄り道して別の問題も述べておく。

探索アルゴリズムにおける近傍の問題

最適化問題の探索アルゴリズムでは普通、近傍の(効率的な)算出が可能であることを前提とする。リーンスタートアップの探索アルゴリズムは貪欲法なので、現在の製品から改善した製品を算出するのはその運用者に任されているのだが、コストが度外視されており、恣意性についてはまったく無視されている。

「顧客の価値」に運用者がアクセスする問題は置いておくとして、もし運用者が有能でないなら、峠を越えたオアシスの存在など考えもせずにただ周りを闇雲に探しまわるだろう。これが『Zero to One』の著者ピーター・ティールをして計画が必要といわしめる理由だと思われる。

リーンスタートアップでは方法論的に探索効率あるいは学習効率を最大化できると言いながら、その実、運用者の能力によるところが非常に大きいのだ。

「顧客の価値」に基づく意思決定の問題

それでは一貫性の問題に移ろう。もし貪欲法のような単純なアルゴリズムを採用するのであれば、最適化の対象となる関数は当然一貫していなくてならない。しかし先述したように「顧客の価値」はまったく一貫していない。さらに深刻なのは「顧客の価値」と意思決定者としての価値にも同様に一貫性がない点である。これは「顧客の価値」に基づく意思決定の妥当性が根本から揺らぐ原因となる。

具体的にはこういう問題がある。顧客インタビューの結果、多数決でAが良いとされたが自分としてはBのほうが良いと思っている場合に果たしてどうするべきか。リーンスタートアップの原則に機械的に従うならAを選ぶべきだろうが、自分が良いと思っていないのにモチベーションが湧くわけがない。モチベーションが湧かないことに対して効率的に物事を進められるわけもなく、自己欺瞞による二次的な問題にも苦しむことになる。そういうわけで健全な心のもとでは何らか適当に理由をつけてBを選ぶことになるのだが、それなら顧客インタビューの苦労は水泡に帰すことになる。つまりどちらを選んでも損をする状況に置かれるのだ。この問題を避けるために意思決定者は無意識的に顧客を誘導するようになる可能性もある。そうなってはリーンスタートアップの目的は失なわれることになる。

ちなみに意思決定者が複数人いる場合にも問題が起こりうる。この問題を回避するためには意思疎通や議論に相当なコストをかける必要があるのだが実際に起きるのは空気を読むことであり、結果的に無難な意思決定しかできなくなる。

一貫性の問題に関連する話題にダブルバインドがある。ダブルバインドとはメッセージとメタメッセージが矛盾するコミュニケーション状況に置かれることであるが、意思決定者の価値や顧客の価値が作り出す状況はそういった状況に似ているように思う。また強化学習における報酬の一貫性の仮定にも関連がある。一貫した報酬体系になっていなければ強化学習エージェントは環境から学習することができないのだが、リーンスタートアップにあてはめて考えれば、意思決定者が顧客から学習できないという甚だ本末転倒な結論を導くのである。

リーンスタートアップが活きる場面

以上の考察から今度はリーンスタートアップが活きる場面を考えてみる。要は一貫性の問題が発生しないような状況を考えればよい。例えば意思決定者や顧客間で価値について容易に合意でき、その合意がある程度固定的な状況においてリーンスタートアップは活きるだろうと考えられる。具体的には、まったく新しい食べ物を開発する場合などがそうだろう。この場合、主に味覚が価値になるのだが、味覚というものはそれなりに均一で静的だから一貫性の問題は起きにくい。他にも、すでによく認知された問題をよりよく解き直す場合も同様である。

本当はどうあるべきか

一般論を導くつもりはないが、本当はどうあるべきか考えることは有益だろう。思うに意思決定をモデル化するのは(まだ)難しいため安易にアルゴリズム的な方法論や「科学」に飛び付くべきでない。それよりも自分にとって「学習」とは何かよく理解し、メタ認知の能力を鍛えるほうが現実的で効果的であるように思われる。ここでちょっとした経験談を紹介しよう。

開発中のアプリケーションに、あるUIの問題があった。解決策は思い付くし直感的に妥当に見えたのだがどうもしっくりこなかった。そのためこの問題は未解決のまま長期間放置されていた。ところがあるとき別のUIの問題を解くと同時にその未解決の問題も解けてしまった。実はそれら二つの問題は深く関連する問題だったのだ。しっくりこなかった理由はおそらく片手落ちによる必然性の欠如が感じられたからだと思う。

この経験を一般化すると次のようなことが言える。まず人間は根本的に同じ問題をそれぞれ別々の問題として認識してしまうことがある。あるいは二者間に矛盾が発生したときにその原因を表層に求めがちだが実はもっと深いところで矛盾していることがある。さらに、UIが「しっくりくる」には必然性・無矛盾性が不可欠になる。このようにして得られたメタ認知は実際すぐに応用できた。

「メタ認知の能力を鍛える」の別の言い方は「学習を学習する」だろう。意思決定は何らかの価値関数に基づくのだろうが、その価値関数のモデルが現時点でまったく不明である。普通に考えて価値関数のモデルが分からないのに効率的な探索アルゴリズムを定義できるはずがない。そういうわけで意味のある仮説検証のためにも、価値関数のモデルを少しでも明らかにすることがまずは肝心なのである。